フランスで活躍した
マジック界の革命児、ロベール・ウーダンは言いました。
「人は、ただ騙されたいのではなく、紳士に騙されたいのだ」
ふうむ。私もいい大人であるからして、現在かなり紳士に近い存在ではなかろうか?いや、紳士に違いない。そもそもマジックは以前から興味があったので、ここで軽くマジックでも修得し、人々を騙さないといかんわけである。まずはトランプでも購入してやろうかと思案している。
しかし、どうもマジックと紳士と自分の組み合わせがよろしくない。マジックが上達し、さぁ驚かせてやろうと思ったところで、うかつに酒の席で披露すれば実に安っぽくなる。紳士とは離れすぎだ。へたをすれば手相
占いで女性の手を触るスケベなおっさんと大差ない気がする。これはいかん。
これはつまり自分がまだ紳士ではないということであろう。なので、いつ紳士になってもいいようにマジックの練習は先に済ましておこうと思う。
問題はどうやって紳士になるかだ。「上品で教養があり礼儀正しい男」これが紳士ということらしい。ほかにも、気が利いたり、優しかったり、レディーファーストな人がそうであるらしい。ことのほかレディーファーストは、多くの人がその行為を紳士と重ねているようだ。
しかしこのレディーファーストはくせ者だ。レディーファースト自体は悪くないとおもう、が、よく見聞きする「全てにおいてレディーファーストします」というのは実にスケベな雰囲気が漂う。
イタリア紳士といったところか?この
パスタ野郎!
上品で教養があり礼儀正しいというのも胡散臭い。夏目漱石のいう「紳士というものは、唯ノッペリしている〜」というのがそれであろう。頭のいい悪いやつ(詐欺師とか)ほど害のない立ち振る舞いをする。
なんだかろくな紳士がいない。それもそのはず、どうやら今となっては紳士の本場、英国においてさえ紳士と呼ばれる者は居ないとも云われているのだ。それではしょうがない。
歴史を見てみると、紳士とは、元々は上流階級などの高等な教育を受けている人たちの事を云うらしい。産業革命期の英国で成金が上流階級に進出した際、金の亡者との区別をする為に作られた貴族の証なのだそうだ。日本でも似たようなものだろう。札に火をつけて足元を照らしているようではいかんのである。
そういうことであれば私は紳士にはなれないということになる。なれて成金だ。まぁそれでもいいけど。どうせ現代日本において紳士というのはその意味合いをなくし、もはやチラシで紳士肌着などと使われる性別を表す言葉にまで地位が落ちている。いらんわい。
こうなると紳士を排除し、ただマジックをするというのはいささかつまらんものに思えてきた。しかし、そもそも人に披露することなど考えるからいかんのだ。今はっきりとわかりました。僕はマジックがうまくなりたい。たとえ客がネコ一匹でも。
posted by ウピゥ太郎 at 09:37| 大阪

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